経歴詐称

まず始めに。今後は敬称略表記とさせていただく。
なぜなら島田基正はもう「上田市民の代表ではない」し、この後述べるように「嘘つき」であるからだ。
さて、前回予告の通り、今回は島田基正のプロフィールについて。

島田基正プロフィールはこちら

島田基正氏プロフィール


これは前回もお見せした通り。
突っ込みどころは満載である。
例えば、上から6番目。

「国立長野病院開設に向け署名運動を展開し夢を実現した」とある。

普通に考えて「一県会議員」が「国立」長野病院を開設するための力になるだろうか?
県会議員が国家予算に口を出せるのだろうか?
そしてしこたま集めた署名を届け出た先はどこなのだろう?
国家予算に関わるから大蔵省なのか?病院だから厚生省だったのか?はたまた内閣府なのか?

さらに言えば、この署名運動、いつごろ行われたのか明確な表記がない。
自分がプロフィールに掲載する活動であるならば、時期の表記がないのは随分とおかしい。
時期の表記がないのは「表記できない」からではないか?


国立長野病院とは

国立長野病院は、今は名前を変え信州上田医療センターとなっている。
信州上田医療センターのサイトはこちら

信州上田医療センター外観その1

信州上田医療センター外観その2

信州上田医療センター外観その3

(2013年6月16日撮影)



その歴史を紐解けば、島田の署名運動がいつごろどういったものであったか分かるはずだ。

信州上田医療センターは「旧国立長野病院」と「旧国立東信病院」をその礎としている。

「旧国立長野病院」は昭和20年、長野陸軍病院が陸軍解体により発足したものである。
まさかと思うが、この「旧国立長野病院」を開設するのに署名活動をした訳ではあるまい。
ちなみに「旧国立東信病院」は昭和36年、国立上田診療所が転換したもので、署名運動の入り込む余地は一見ありそうに見える。
しかし、当時島田基正は16歳であり、記述が本当であるならば高校生の時分に署名運動に奔走した、ということになる。現実的ではない。
さらに、もともと診療所だったものが転換したのであって、「開設」という表現は正しくない。つまりは署名運動はなかったはずだ。

2011年に現在の名前に変わる前は「独立行政法人国立病院機構長野病院」で、この通称が「国立長野病院」だった。
ではこれを開設するための署名だったのか?
しかし、その設立は上記2病院の統合であり、署名運動の必要性がない。つまりここでも島田が署名運動していた可能性は極めて低い。

以上を踏まえて、島田が「国立長野病院開設に向け署名運動を展開し」とプロフィールを謳っている事を皆様はどのようにお考えになるだろうか?


 

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